よし、じゃあ今日もちょっといろいろ話を変えていきましょうか。


前回の広陵高校の件ですね。今日、試合が行われたそうです。正直、大丈夫なのかなと思いました。昔だったら、何か事件があったときに試合中にグラウンドへ物を投げ込まれたりとか、そういうこともありましたから。試合は試合です。生徒たちはその時は思いっきりスポーツをさせてやりたいですね。誹謗中傷は関係ないわけで。高校生という、まだ子どもとも言える彼らが、そんな体験をするのはつらい。やっぱり、ちゃんと試合をさせてあげたいと思います。この状況でよくやったと思います。


いろいろありますけど、少し変な気もしました。NHKのナレーションでも、少し攻めた表現をしていたのが印象的で。ああいう言い回しをあえて入れてくるのは、ちょっと驚きました。「広陵高校では、こんなことがありました」みたいな。


これからどうなるのか。第三者委員会の話も出ていましたし、そもそも子どもたちにああいうことを背負わせるのはどうなのかと。小さい頃から感じていたことではありますが、こういう出来事があると、改めて考えさせられます。どんな人でも、こういう問題には向き合わざるを得ないはずです。


そして、握手をしなかったという場面も、動画で見たんですが、3人ぐらいだったかな。対戦相手の旭川の選手たちが、試合終了後に握手を拒否していたように見えました。SNSでは、その行為を称賛する声もあって、それには少し違和感を覚えました。


正々堂々と戦った相手には、敬意を持って握手するのが普通だと思います。やっぱり、ちょっとおかしいと感じました。昭和生まれとはいえ、僕も平成寄りですし、昔の近所の先輩たちは今の時代には見かけないような、落ち着いた人たちが多かった。ガミガミ怒鳴るような兄ちゃんって、あまりいなかったと思います。


そういう人たちに憧れて育ってきた部分もあるし、今もそういう大人を目指しています。でも一方で、悪い昭和の癖がいまだに残っているとも感じています。昔から変だと思っていたやり方が、今でも見られることもあって、それはもう令和にはそぐわないのではないかと思います。


社会全体は豊かになっているはずなのに、そうじゃない部分も残っていて、考えなければいけないことが多いです。理由を明確に言えない部分もあるんですが、言語化が難しいからこそ、課題として意識しています。


騒がず静かに育った自分にとって、今の世の中は「なんでこんなにギャーギャー言うんだろう」と思うこともあります。もちろん、自分も叱られながら育ってきましたが、最近は違う気がしていて。世の中が騒がしくなったと感じるのは、僕の一部の認知かもしれませんが、パリピ的な人たちが増えたというか、自己意識が肥大化しているような気がします。


そういう人たちと接すると、やっぱり疲れる。だからあまり深入りしないようにしています。分別があればいいけれど、タガが外れて自制が効かなくなる人たちは、何をするかわからない怖さがある。


SNSでは、まさにそういった現象が表れていて、法的措置があるとかないとか、いろいろ言われていますが、発言一つで加害者側になってしまうこともある。被害者だったはずの人が、加害者に回るような構図が生まれるのも、不思議な空間ですよね。


広陵のチア部や吹奏楽部が不在で、残った部員だけの応援というのも、異様な光景でした。もうここまで来たら仕方がないのかもしれませんが、やっぱり違和感は残ります。


報道番組でも取り上げられていますが、これからどうなるのか。保護観察や少年院のような話にもつながっていくのかもしれません。高校生とはいえ、やっていることは重大ですし、それが広がっていくと、やっぱり「教育が行き届いていないんだな」と感じます。


しかも、そういう人たちが成人して社会に出てくるわけで、実際に増えてきていると感じます。そうなると、美容室で僕が接する可能性もあるわけで、他人事ではありません。


今の仕組みで本当にいいのか。疑問に思うことが多いです。悪い昭和のルールが根強く残っているなら、それはもう出し切らなければいけない。


道徳として「困った人を良しとしない」という考え方は、昭和の良い部分だったと思います。でも今は、被害者と加害者の立場が曖昧になるような場面も多くて、本当にややこしい。


人を育てるには時間がかかるけど、それを我慢できない人が増えている。腹をくくって取り組む姿勢や
何かナショナリズムに近いものが求められる時代だと思います。


僕も気をつけていきたいし、いい大人の手本になれるよう努力したい。子どもたちが本当に放置されていると感じる今こそ、周囲の大人が声をかけるべきだと思うんです。近所のおばちゃんに怒られた記憶が、今では貴重なものに思えます。


身近な警察官も見かけなくなりました。だからこそ、取り戻さなければいけない感覚がある。こういう話ばかりではなく、他のこともまた語っていきたいと思います。


では、また。